医療ツーリズムが難病治療の希望の星になる未来は、あたかも「世界旅行で病気も治す」という夢のプランに思えるが、その実、医療ツーリズムとは「治療のために渡航する」どころか、しばしば「命の売買旅行」に近い面も持ち合わせている。先進国の高度な治療が手の届かない人々が、世界中を飛び回って理想の医療を探し求める姿は、まるで病気が「最新の観光地」か「ご利益を得られる神社仏閣」に変わったかのようだ。
皮肉なことに、医療ツーリズムが発展すればするほど、医療は「選ばれた者だけのもの」として商品化されていく。治療が受けられるかどうかは、もはや医療水準や医師の腕前ではなく、病人自身の資金力と国境を越える余裕次第となるのだ。最新の治療を提供する施設はラグジュアリーホテルのように豪華なパンフレットを備え、病気治療の旅行パッケージが高級リゾートと並んで販売される。そこには「命と健康はお金次第」という無情な現実が浮かび上がる。
さらに、「奇跡の治療を求める旅行者」の裏には、法整備が追い付かない中で行われる実験的な治療法や、十分に試験されていない技術が混在している現実もある。治療効果がはっきりしていないのに、高額な費用で提供される「夢の治療法」も数多く存在し、病気に苦しむ人々の期待が、新しいビジネスチャンスと化してしまうのだ。
こうして医療ツーリズムは、病気を「完治」する手段というよりも、命とお金を天秤にかけた「医療ショッピングツアー」に近づいていく。もはや「難病治療の旅」ではなく、「治療のチャンスを買う旅」が始まるわけで、成功とリスクは自己責任という名のチケットに含まれている。医療ツーリズムの未来には、夢と希望のパッケージと共に、決して割り切れない「現実の影」がついて回るのだ。